POMPEII

 ン・マリノから後はフィレンツェに泊まり,ピサ,シエナ,アッシジを回ったが,撮ったのは景色ばかりで,鳥の収穫はなかった。フィレンツェでは,鳥はまったくだめ。シエナではニシコクマルガラスを見かけ,アッシジではさらにたくさんのニシコクマルガラスが飛んでいたが,時間がなく写真は撮れなかった。残りの日程は,ローマに三連泊し,ローマ市内とナポリ,ポンペイの観光のみとなった。

 ーマでの泊まりは観光ホテルの中でもかなり郊外に位置するホテルらしく,市内中心部まではバスで40分ほどかかるところだった。部屋から見えるのは新しくできた団地の建物群だが,ホテルの間は狭いながらも公園のようになっており,ホテルの反対側はまだ荒地の状態である。今まで泊まったホテルより,鳥見には適した環境で,1泊した翌朝,たくさんの鳥の声が聞こえ,頭上を数千羽のホシムクドリが飛んでいくのを見たときは,これからの3日間におおいに期待したものだ。

 しかし,ローマ一泊後の市内観光では,バチカン市国と美術館,コロシアム,トレビの泉と,朝早くから暗くなるまで連れ回され,鳥を見る時間はほとんどなし。午後のテルミニ駅付近での買い物タイムでわずかにできたすき間に,近くのディオクレツィアーノ浴場跡に出かけていって,クロウタドリとコマドリを見ただけに終わってしまった。

アオガラ

 日は,早朝にローマを出て,ナポリからポンペイを回ってローマに戻るコース。天気予報は雨になっていて,ホテルを出るときから今にも降りだしそうな空模様。ナポリへの途中でドライブインに入ったときも,その周りを見るつもりでいたが,あまり期待はしていなかった。

 ドライブインには入らずに,すぐ横にある小さな土産物屋のほうに歩いていくと,チチチと声がして,1羽の小鳥が木の枝に飛んできた。鳴き声からコマドリではないとわかったので(コマドリはどこにでもいたので食傷気味),カメラを構えてのぞくと,シジュウカラに似ているが少し違う。アオガラだった。

 アオガラは11cmとヒガラより少し大きい程度。遠くて,しかも空が白いので色がうまく出なかったけれど,記念写真にはなった。

ヨーロッパコマドリ

 間調整のため,ナポリを後回しにしてポンペイに先に行くことになった。ポンペイは世界各国からの観光客でごった返していて,おそれをなしてか鳥の姿は少なかった。

 おとなしくガイドの後について遺跡を回る。遺跡そのものは流石になかなかのもので,発掘された街並は往時を偲ばせ,そこに暮らしがあったことを如実に語るものだった。でも,どこかに鳥はいないものか……。

 しかし,ツアーのメンバーにも鳥を探していることが知られてきていて,道の脇にヨーロッパコマドリが出ているのを教えてくれた。

 このコマドリは愛想がよく,どんどん近づいてきて,足元から50cmくらいのところをピョンピョン跳びはねて通り過ぎていった。

クロウタドリ ンペイ遺跡観光も終わりに近づいたころ,遺跡の中の広場の小さな木の枝にとまった鳥を見つけた。オレンジ色のシッポ。翼に白斑はない。クロジョウビタキの雌だ。

 枝にとまっているところをレンガ積みの壁に作られた窓から撮ろうとしたが,少し飛んで地面に降りてしまったので,次の窓へ急ぎ,緑の芝生の上にいるところを撮った。

 遠くの方にも動いている鳥がいるが,何だか分からなかった。確かめたかったが,時間になってしまったのでガイドについて外に出た。

何だろう? ンペイ遺跡の外に出ると,昼食の時間。遺跡の向かい側のレストランに入った。メニューはスパゲッティボンゴーレと魚介類のフライ。苦手なエビのフライを妻の皿に移して,一服しに外に出た。

 すると,向かい側の並木に鳥の姿が見える。とりあえず写真を撮ったが,ウグイス科の鳥である以外は図鑑で見ても何だか分からない。この鳥に似ている絵の鳥はその辺りにはいないことになっているし,その辺りにいてもいい鳥はどうも色合いが違う。この手の鳥は難しい。


次はローマ


イタリア雑感5
石の微笑み イタリアにはたくさんの古代の遺跡がある。その時代の日本の遺跡は柱の穴など本当に跡しかないものがほとんどだが,イタリアでは石の文化ゆえ建築物そのものがしっかり残っている。石といえば,古代だけでなく現在も使われている巨大な寺院などもその重厚感に圧倒される。しかし,洋の東西を問わず,巨大な建築物は,言わば権威の象徴であって,その中で立ちすくんだか弱い人間を救ってくれるものにはとうてい思えない。いや,それを作るために庶民にどれだけの犠牲を強いたのか。
 天井に描かれた絵や大理石の石像に見下ろされる感じを受けたのは,刻まれた膨大な時間のせいだけではなく,そこに埋め込まれた時の権威者の欲望に嫌悪感を抱いたからかもしれない。